小児病院を訪れると、親に付き添われた子どもたちに出会います。時には看護師さんに見送られ、笑顔で退院していく姿もありますが、
入院病棟に入ると、一人でベッドでぐったりしている子ども、包帯に包まれ車いすや松葉杖で廊下を行き交う子ども、
不安な表情のママやご家族にも出会います。子どもの年齢も、おかあさんに抱かれた乳幼児から小中学生の子どもまで様々です。
でも、私たちのプロジェクトが出会えた子どもたちは3年間でも1000人に満たず、全国の小児病棟に入院し生活している子どものほんの一部でしかありません。
厚生労働省が発表した「患者調査」(平成17年)によれば、0歳から14歳までの入院患者数は約3万3千人と推計しています。
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ベッドに寄り添う親御さんにお話を伺うと、「子どもの具合が悪くなり“突然”入院することになり、とても不安だった」とおっしゃいます。
子どもたちは様々な制限がある入院生活や、痛い検査や治療に耐え、小さな身体で大きな試練に立ち向かいます。
小児医療のチームはそんな不安な状態の子どもと親の心身を支え、多くの子どもたちが健康を取り戻し、笑顔で普段の生活へと復帰していきます。
データによれば、入院日数は平均十数日のケースが多いことを表しています。この年の15歳未満の子どもはおよそ1765万人ですから、
同世代に占める入院児は0.2%とごく僅かだと思われるかもしれません。でも上記の調査は「ある一日」のデータであり、
一人の子どもが14歳までの間に病気に罹る確立や入院するケースは決して少ないとは言えないでしょう。
実際、小児病棟を訪問して分かったことは、半年から数年以上も病室で過ごす長期入院の子どもたちにも大勢出会いました。
子を育てる親として、あるいは自分自身の子ども時代の経験として、病気になったときの不安や苦痛を思い出したり、想像できる方も多いのではないでしょうか。
私たちはこのプロジェクトで訪問したどの小児病棟でも、穏やかだけど情熱を秘めドクター、
てきぱきと看護に当たるナースやボランティアスタッフなどたくさんの素敵な医療チームに出会いました。
また近年配置が進められている、子どもの気持ちに寄り添う病棟保育士さんやチャイルドライフスペシャリスト(CLS)にも出会いました。
しかし、その数は圧倒的に足りない現実も知ることとなったのです。私たちはこのプロジェクトを通じ、ドクターや看護師さんにヒアリングを行い、
健康な生活を送っているときにはうかがい知ることができなかった、小児病棟の実情と課題を少しずつ学びはじめました。
「病気が治るまでは不安でも、痛くても辛くても仕方ない」「子どもが病気になったらアンラッキー」ではなく、
まだまだできることがあることを小児医療の専門家から学んでいます。必要な環境を実現するには、医療保険制度を根本的に充実しなくてはならず、
そのためには国民が事実を正確に理解できるための地道な積み重ねが必要でしょう。私たちは小児医療の課題は、
子どもの健康と、私たち自身の未来を守るセーフティーネットの課題だと考えます。
「ホッとアートプレゼント」は、小児医療全体の課題の大きさから見ればささやかなアクションですが、
これまで一般の人々がうかがい知ることができなかった領域との新しい回路を築き、建設的な改善の手立てを一人でも多くの市民のみなさんと共に考え、行動していきたいと思います。
① 健康の概念について、WHO(世界保健機関)は「完全な肉体的、精神的及び社会福祉の状態であり、 単に疾病又は病弱の存在しないことではない」(WHO憲章前文より)と定義しています。こうした潮流を受けとめる日本でも、 母子保健に関わる国民運動「健やか親子21」において次のように記しています。
② 一方、入院している子どもの生活環境を改善するために、様々な研究が積み重ねられています。
「病棟内保育の現状と課題」(帆足英一・2000)、
「病院における子ども支援プログラムに関する研究」
(野村みどり・2000)、他にもたくさんの研究をベースに、病院でも教育を保証するための院内学級や、
プレイルームが設置され、常勤保育士の配置が診療報酬の対象とされたり、制度も少しずつ進化しています。
そして、こうした研究的な取り組み以外にも、現行の制度ではまかなうことのでない側面に光を当て、病気の子どもと保護者に寄り添い、
遊びや日常生活の支援をしてきたのが病院ボランティアの活動です。
私たちが出会った活動を挙げれば
「NPO法人・病気の子ども支援ネット 遊びのボランティア」(東京)は20年以上、
「にこにこトマト」(京都)は15年、
ゆいの会(全国)が10年、日本クリニクラウン協会は5年、と地道な活動が行われ、
こうした活動が静かに制度を変えていくように思われます。
病気で入院生活をせざるを得ない子どもであっても、未来への希望を抱き、
成長発達を続ける子どもたちの身体も心もケアできる医療を実現するために、少しずつ制度の充実が図られています。
③ そして2010年、私たちが関わった10数の医療関係者にヒアリングをさせていただいた結果、概ね次のようなことが明らかになってきました。
現在の日本の医療制度の下では、病院の経営面からは入院日数は2週間以内が望まれています。
もちろん患者さんにとって入院日数が短いことは良い面もあるでしょうが、充分な入院期間を確保できずに、在宅支援治療へと移行せざるを得ないケースもあるということです。また、経済的な理由から小児病棟が全国的に減少せざるを得ない中で、患者さんが集中する病棟では、次々と入院し退院していく病児と保護者のケアにあたる医療スタッフには、多大な負担がかかっていることも否めません。子どもの権利を守る医療体制を実現するには、少なくとも現状の1.5倍のスタッフが必要な状況も生じています。そして医療を健全に継続していくためには、医療スタッフ自身のQOLを守り、バーンアウトさせない手立てが重大な課題ともなっているのです。
私たちは、いつ病気になるか誰にも分かりません。安心して医療を受けられるようにするためには、個人の努力や、医療現場スタッフの努力だけでは解決でなきいことを私たちも積極的に理解していくべきだと思います。
「小児病棟は子どもが生活するコミュニティ」「ホッとアートプレゼント」は、
病児を支援し、小児医療を支援するプロジェクトでありたいと考えています。
正直に言えば、こうした日本の小児医療の現状を私たちNPOが正確に理解してプロジェクトを始めたわけではありませんでした。
少しずつ慎重に一つ一つの病院を訪ね、最善の結果が出るようコーディネートを重ね、
関係者の皆さんの声に耳を傾ける中でこうした大きなテーマが横たわっていることを学んできたのです。
そして実施評価をドクターや看護師さんにして頂く中で、「もっとケアの充実ができたら!」という項目の中に
プロのパフォーマーによる「ホッとアートプレゼント」が含まれていました。
「近年は、様々な有志によるボランティアが病院を訪問してくださるようになりました。それは日常的な子どもたちの生活にとって必要でとても有り難いことです。
そして加えて、こうしたプロフェッショナルによる感動的な、しかも病児の状況に合わせ、年齢に合わせ、病院のニーズに沿って公演してくださることもまた、
子どもたちにも保護者にも、病院にとって欠かせないことです」と、病院関係者が異口同音におっしゃってくださいました。
小児病棟で生活する子どもたちと保護者のみなさんの気持ちは、様々です。中には入院中とは思えないほど活発なお子さんもいますが、
やっぱり多くのお子さんはベッドの中で落ち込んでいたり、体調がすぐれなかったり、抱えきれない不安な気持ちも押し込んでいると感じます。
でも、多くの子どもたちは身体に病気があっても、「心」は「楽しみたい!」「笑いたい!」と思っているのです。痛い辛い治療や検査、苦い薬や安静や、友だちに会えないこと、
外に出て思いっきり駆け回ることができないこと、それらはたくさんの制限の中でできなくなっているだけの場合が少なくないのです。
そうした子どもたちに付き添う保護者にも多大な負担がかかるでしょうし、子どもと保護者の気持ちを支えるナースや医師の負担もたいへん重いものだと想像します。
「ホッとアートプレゼント」は、子どもたちと病院スタッフができる限り大勢参加できるように調整を図ります。 それは、子どもにとって病棟の中が彼らの「世界」だからです。もちろん、感染の心配や体調のことや実施にはたくさんの課題があります。 それでもみんなが一つの体験を通じてキラキラ輝くひとときを体験するのが「ホッとアートプレゼント」です。 パフォーマーはコミュニティみんなの気持ちをしっかりと受け止め、 柔らか~くほぐし、素敵なファンタジーの世界へ一瞬にして誘ってくれるプロフェッショナルの公演です。 だから、一度体験した子どもも、保護者も、医療スタッフもみんな言います! 「また来て!!」と。 私たちは小児病棟にニーズがある限り、入院している子どもたちと、日夜がんばっている保護者と医療スタッフのために、 このプロジェクトを継続できるよう皆さんの理解と支援を求め続けたいと思います。
子どもの権利条約31条1項には、次のように明記されています。
「締約国は、休息及び余暇についての児童の権利並びに児童がその年齢に適した遊び及びレクリエーションの活動を行い、並びに文化的な生活及び芸術に自由に参加する権利を認める」と。
この条文がなぜあるのでしょうか? 私たちは、楽しむことが子どもにとって必要欠くべからざる体験だから社会が保証すべきだと明示しているのだと考えます。
このホームページをご覧になっているみなさん、ご家族が健康な時にこそ小児医療の現状に関心を持ち行動していただけるようお願いいたします。
毎日33,000人の子どもたちが多くの制限の中でひたむきにがんばっています。病気であっても、そして病気であるからこそ必要な環境を整えていきたいと思います。
みなさんの関心と理解がやがて制度を変えていく原動力になると思います。
私たちはこのプロジェクトを通じ、医療現場と市民の信頼関係を築き、小さな課題から大きな課題まで小児医療の現状を皆さんにお伝えしていきたいと考えています。
全ての子どもたちが安心して医療が受けられる社会へ、一緒に変えていきませんか?